maido3:

 民主党大統領による米国の戦争・武力行使

  • 米墨戦争(1846年~、ジェームズ・ポーク) カリフォルニアなどメキシコ領土の3分の1を奪う
  • メキシコ・ベラクルス占領(1914年、ウッドロウ・ウィルソン) 内戦に介入
  • ハイチ占領(1915年~、ウッドロウ・ウィルソン) 親米政権樹立のため
  • メキシコ侵攻(1916年~、ウッドロウ・ウィルソン) 革命指導者「討伐」のため
  • ドミニカ共和国占領(1916年~、ウッドロウ・ウィルソン) 親米政権樹立のため

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大昔の人も「若者のマンモス狩り離れが止まらない」とか言って嘆いてたのかな。「動物を狩らないで稲作ばっかりやってる“稲作系男子”」とか。

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記者「ビートルズみたいに平和や反戦の歌を歌わないんですか?」フランクザッパ「今おれはデンタルフロスの歌を歌ったんだが、お前の歯は綺麗になったか?」

Twitter / 77shn

shinodddddmoja-mojaからリブログ:

(via tataraseitetsu)

(Source: mypalfootfoot)

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larrycarlson:

LARRY CARLSON, Land of the Sky Blue Water, digital photography, 2012.

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LARRY CARLSON, Land of the Sky Blue Water, digital photography, 2012.

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【日本は韓国を全力で守り、韓国は恩をあだで返してきた歴史】

  ■1997年、アジア危機で崩壊寸前の韓国を日本が救済 → アジア通貨危機当時、韓国は世界から多額の資金を借りていました。日本は自国にも危機が波及していたにもかかわらず、韓国の資金返済を楽にしてあげるよう日本の金融機関のみならず欧米をも説得して妥協させました。日本が奔走していなければ、韓国は当時もっと悲惨な破綻状態に陥っていたと考えられます。

  ■2005年、日韓通貨スワップ協定締結 → 「通貨スワップ」とは、通貨危機に陥った際に互いに通貨を融通しあう制度で、日本と韓国とは2005年に初めて通貨スワップ協定を結びました。戦後、日本は通貨危機に陥ったことは一度もありませんが、韓国はアジア危機などで過去に何度か通貨危機を経験しており、事実上、韓国が危機に陥った場合を想定して、日本が救済してあげるための協定です。

  ■2008年、リーマン危機で限度額引き上げ → リーマン危機で韓国も危機に陥ったため、当初限度額30億ドル(当時約3千億円相当)だったスワップ協定を、一時的に200億ドル(当時約2兆円相当)に引き上げてあげました。この日本の協力がなければ韓国が破綻していたかどうかはわかりませんが、リーマン危機当時は、アジア危機当時に迫るほど韓国ウォンが急落していましたから、日韓スワップ協定は市場を牽制し、ウォン急落に歯止めをかけて韓国経済を安定化させることに貢献したと考えられます。

  ■2009年~2010年 韓国ウォン安政策で日本つぶしに成功 → 急速な円高で日本経済がダメージを受けている時、韓国もウォン高圧力を受けていました。しかし、韓国政府は執拗にウォン売り為替介入を実施し、ウォン安政策をとりました。結果的に、海外では円高に負けた日本製品が商品棚からほとんど消えてしまい、代わって、ウォン安に後押しされた韓国製品が所狭しと並べられました。つまり、ウォン安政策により、日本の大手製造業および多数の下請け中小企業の雇用と利益が失われ、それが韓国の雇用と利益に姿を変えたということです。

  ■2011年夏、ウォン急落で韓国ピンチ → ウォン安政策により飛ぶ鳥落とす勢いだった韓国ですが、欧州危機により信用収縮が起き、ウォンが急落しました。慌てた韓国は、「米国や日本がウォン急落を防いで通貨を安定させる責任がある」と言い始めました。

  ■2011年10月 民主党政府、韓国を全力で支援 → 韓国ウォンが急落の気配を見せ始めたことを受けて、将来の急落に備えた安全網という意味で、日本政府は善意で通貨スワップ協定を700億ドル(約5兆4千億円相当)に拡大することで合意しました。

  ■2011年10月 韓国メディア「ケチな日本が5兆円も」と大喜び → 韓国メディアは「ケチな日本が、予想を超える日韓通貨スワップを締結」と報道しました。

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きっかけは1本の酸素ボンベだった。
エベレストの清掃登山を始めた00年。橋本龍太郎元首相から「清掃はいいが、僕がエベレストに登ったときはゴミに助けられた」というはがきをもらう。
「挑戦状か。売られたけんかなら、買ってやろう」。そう意気込んで、元首相が名誉総隊長を務めた隊のゴミをエベレストで探し出し、事務所に押しかけた。
「12年前の忘れ物を届けにきました」
使用済みのボンベを見せると、顔を真っ赤にして奪い取った。「怒るか」と構えた瞬間、「参りました。確かに我が隊のものです」とペコリと頭を下げた。
「アルピニスト」に、環境への取り組みという新たな一面が加わったのは、この出会いからだった。
「ゴミのボンベに残っていた酸素で仲間が命拾いした、ということが後にわかるんですが、言葉足らずで不器用ですよね。親近感を持ち、よく食事に行くようになり、海外からもメールをしました」

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